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2007年5月 2日 (水)

4月22日集会の報告

GWまっただ中、仕事している人、休んでいる人、様々だと思いますが、先週4/22に東京・渋谷で行われた「原発も再処理もいらない!屋内集会とパレード」について(少々長いですが)報告します。

これは、集会のサブタイトルが、「チェルノブイリ原発事故から21年」とうたっているように、もともと1986年4月26日に旧ソ連で起こったチェルノブイリ原発事故を風化させず、反原発・脱原発の思いをつたえていこう、と始まったもの。

さて、今回は、今年の11月にも本格稼働が予定されている青森県六ヶ所村の再処理工場を本格運転させてはいけないということで、東北大学教授の長谷川公一さんのお話を伺いました。

六ヶ所の話に入る前に、最近の温暖化対策を口実とした「原発ルネッサンス」ともいえる世界的な動きについて、すこし説明がありました。これは、1986年のチェルノブイリ原発事故のあと、世界的に脱原発へむかっていた潮流がやや停滞し、たとえば、2005年フィンランドで十数年ぶりに原発の新規着工があったりとか、2006年アメリカでも原発新設の申請が出されるなどの動きをさしたもので、背景には、このところの原油高があったり、ブッシュ政権の原発優遇策があるとのこと。

この「新潮流」でも使用済み燃料の処分方法の主流は「直接処分」であり、日本以外で再処理路線をとる国は、いずれも核保有国であるとのこと。つまり、逆にいえば、核保有国以外で再処理をやろうとしているのは、いま、日本だけだということです。

では、なぜ、日本は、再処理をやろうとしているのか。

経済産業省の幹部ですら、「電力小売り自由化論議が大詰めを迎えた2002年」には、「六ヶ所再処理工場の操業断念を電事連幹部に促したことがあった」(青森県の地元紙「東奥日報」2006年3月30日付)という報道がなされるくらい、経済的なメリットがないのは、明らかです。

長谷川さんは、いろいろ理由は考えられるが、そのひとつに「青森県の再処理事業は、(青森県が)放射性廃棄物を引き受けてくれることの引き替えに青森県のためにやっているのではないか」と指摘します。

青森県には、日本全国の原発から出る低レベル放射性廃棄物の貯蔵施設があり、200リットルドラム缶で約20万本近くが埋設されていますし、再処理工場内の使用済み燃料貯蔵プールには、すでに各原発から使用済み燃料が運び込まれ再処理を待っている状態です。

つまり「(再処理)事業凍結を言い出せば、青森県から使用済み核燃料などの搬入を拒否され、全国の原発が停止する事態になりかねない」。だから、再処理をやる。というわけです。

しかし、一方では「巨額の違約金を補助金というかたちで国が払ってでも、再処理事業を中止すべきだという意見が産業界寄りの経済学者からでるようになった」(「東奥日報」2004年5月20日付)のも事実です。

ホンネは誰もやりたくないが、今さらここで止められない、という想いが強いのではないか。ここで、止めるためには、政治のリーダーシップが必要だが、県レベルでも、国レベルでも、そういった政治のリーダーシップがはたらかない。

私たちは、いま、この「危機」を再生・転換の機会とすることができないだろうか。未来の子どもたちの「なぜ、再処理を止められなかったの」という声に、いま、わたしたちは、どう答えることができるだろうか、と、長谷川さんは、問題をなげかけるかたちで、お話を終えられました。

奇しくも、4/22は、統一地方選挙の投票日。高レベル放射性廃棄物の最終処分施設問題で揺れる高知県・東洋町では、核のゴミ受け入れ反対の沢山保太郎氏が、高レベル放射性廃棄物の「文献調査」に手を挙げた前職の田嶋裕起氏に大差をつけて町長に当選し、「放射性廃棄物はいらない」という住民の強い意思を全国に示しました。

最後に、長谷川さんのお話をききつつ、いま必要なのは、あきらめずに、いやなものはいや、青森に再処理はいらないと、地元の人が政治の場で、はっきりいえる勇気をもつことだと思いました。そういう声を、青森の人があげやすくするために、さて、私たちは何をすべきか。

ハガキ大作戦もよし、地元の農産物を買うもよし、いろんなやり方があると思いますが、とにかく、私は、青森が好き、自分が東京で使った電気のツケを青森だけにおしつけることはしたくない、だから、私は、とめよう会の活動を通して、六ヶ所のことを地道にまわりの人に伝えていきたいと思います。
見て見ぬふりだけは絶対にしない、と思いました。

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